ネガティブなこと、自分がよく知らない世界について批判的なことを言うのは恥ずかしいこと・・・と肝に銘じているつもりではあるのですが、アートに関してまた悲しい話題が耳に入ってきました。
天下の京都市立芸術大学で、こんなイベントが予定されていて、会場に(なんの説明もなく)デリヘル嬢を呼んで晒しものにする・・・ということに関して、Twitter上で大炎上して、結局その提案の遂行は中止となったようです。
真のアカデミー(講義・演習予定) 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
「88の提案の実現に向けて」丹羽良徳
”アカデミーと社会との往来 のなかで「88の提案」よりピックアップした提案の以下の実現に向けて実践的な行動を開始します。
便宜的に講義ということにしておきますが、実際には参加者の実践的な参加が求められます。当日はビデオ撮影を予定しているので、参加者は ビデオに映ることをご了承のうえ参加ください。持ち物なし、途中参加・途中退場自由。”
88の提案(の一部 ピックアップはうちのの独断、実際に予定されていたものではありません)
*デリバリーヘルスのサービスを会場に呼ぶ
*男子トイレと女子トイレを入れ替える
*タクシーで城の周りを5周する・受付の女性に抱きつく
*盗んできた品々を展示会場で披露する
*受付の前でマスターベーションする
「はあ????」
”これがアートやねん” と言われたら「へえ、そうですか」としか言いようがないです。
twitter上のやりとりでは、
”「アーティストなんだから人権侵害くらいすることもある」っていう当たり前のことは、普通に言っていくことにした。揚げ足とる人たちのこととかどうでも良いと割り切ります。”
なんて言っている人もいて(そう呟いている斎藤と言う人も著名なアーティストなんだそうです。)、
「いや、人権侵害はアーチストでなくても、誰でもしてしまうことあるわけですよ。で、それはイカン、っていうのもアーチストだから、そうでないから、なんて関係ないっしょ。」
という話なのでは?と思うんですけどね。
”作品のためなら人が死んでもいいって言ってんの。俺は”
ともおっしゃってます。あなたがそう思うのは勝手ですけどね。できたら死ぬのは他人じゃなくてご自分で完結してほしいものです。
”歌を歌うってことは、人前で裸踊りするってことだよ”
これは、師匠にしょっちゅう言われていることです。だからメタファーとしてはわかります。だからって、わたしがステージで「いい歌歌いたいんで、裸踊りしながら歌います」って言ったらみなさん「いや・・・それは違う・・・」と思うでしょ?
何より、あーだ、こーだと言えば言うほど、「それほどの覚悟やリスクを犯して体現しているアートがそれっすか・・・・?」
と思っちゃうんですけどねえ・・・・・。
逆の言い方させてもらえば、「覚悟やリスクで作品の芸術性が高まるわけじゃないと思いますよ」と言うことです。ましてや、その覚悟やリスクの方向がおかしかったらただの出来の悪いギャグでしょ?笑うことすらできないですね。
”これなむ現代アート”なんでしょうか?
わからんうちのが、ド素人っていうことでしょうか?お勉強したらこれを「素晴らしい」と思えるようになるのでしょうか?
あほらし。