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カテゴリー別アーカイブ: あれやこれや

懐かしい絵本と天上の音楽

昨日は、京都祇園のBonds Rosaryで開催されたAlessandro Penezzi(アレサンドロ・ペネッシ)さんのライブに行ってきました。
http://www.kaji1982.sakura.ne.jp/alessandro2019/

昨年NHKで放映された「Sound of Brazil」(Brasil に表記を改めてもいいんじゃないのかなあ・・といつも思う)で、同じくブラジルを代表する若手ギタリストYamandu Costa(ヤマンドゥ・コスタ)との共演で話題になりました。
余裕を持って出かけたつもりがギリギリになってしまい、前の席がもう埋まっていたのですが、舞台に面している一番離れたカウンターが一段高くなっていて、しかもカウンターのどっしりした椅子(背もたれ、ひじ掛けもついている)がくるっと回転して舞台を見ることができるようになっていて、ワイン片手にちゃんとAlessandroさんの手元も見ることができてある意味「特等席」でした。

演奏の凄まじさ(テクニック、歌ごころ、リズム、あらゆる点においてもう神の御業としか思えない演奏、言葉で表現しようとしたら陳腐になるばかり)も圧巻でしたが、オリジナルの曲も素晴らしくて、聴いているだけで胸が締め付けられてじわっと涙する場面もありました。

凄い人がいくらでもいるんだなあ・・・。こんな素晴らしい音楽を楽しむことができるのは本当にありがたいことです。
弾けもしないのにギター譜を購入させていただき、サインまでいただいてしまいました。DSC_0316

先日、これもまた前身鳥肌が立つほどよかったGuinga & Monica Salmasoのあと、こちらも譜面を購入したので一生弾くことはない譜面が2冊、今キーボードの譜面たてに鎮座しています。毎日拝んだら、ご利益・・・ないか。

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でも、遠く山の頂近くにお二人を見上げながら、わたしももっともっとBrasil音楽を知って楽しみたいです。

さてさて、このGW中、初めて訪れた、今はもう少なくなってきている「昔懐かしい商店街の本屋さん」で、懐かしい絵本を見つけて購入しました。
バージニア・リー・バートン「ちいさいおうち」
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この「岩波の子どもの本」シリーズ、子供の頃家に何冊もありました。おさるのジョージシリーズもその中に含まれていましたね。大人になってから知ったことですが、バージニア・リー・バートンさんとこの絵本は、絵本の歴史上とても重要な位置を占める古典の名作なのだそうです。
物語が進むにつれて、おうちの立っている場所がどんどん都会になっていき、道路ができたり街灯が設置されたり摩天楼ができたり電車が高架で作られたりするのですが、ほぼ絵のアングルは表紙のまま、という絵本。最後の最後に「おうち」の方が引っ越しをして表紙のようなのどかな場所に帰っていきます。書かれたのは1942年だそうですから、アメリカ合衆国の発展と失われていく風景への郷愁がよく描かれているのかな・・・なんて思ったり。

そういえば、同じ作家の「いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう」も好きな絵本でした。
https://www.amazon.co.jp/dp/4834000044/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_ew21Cb3TTX8GC

たくさんの本を与えてもらったことは、今の自分をかたちづくる重要な要素だと思っています。あらためて両親に感謝ですね。

 
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投稿者: : 2019/05/12 投稿先 あれやこれや

 

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一歩一歩。発表会の思い出

先日3月10日は、母のハーモニカの発表会でした。今回母が演奏したのは「ゴッドファーザー愛のテーマ」。前にも発表会で演奏した曲ですが、なかなか休符の感覚がつかめずにいる母に、難しい新曲に挑戦するのもよいけれど前に演奏して「もう一歩」だった好きな曲の「テーマ」をまずきっちり吹けることを目指しては?とアドバイスしていたのでした。

https://luckynobee.com/2016/12/06/%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E8%A1%97%E3%81%A8%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%A8/

この曲は、2泊と半分が休符(もしくは前の小節からタイが続いている)+8分音符3つというパターンが何度も何度も繰り返される曲です。

手書き風

曲の最初からこれですので、このリズムがキモになりますね。実家に帰った時にメトロノームを鳴らしながら一緒に練習したときには、かなり感覚がつかめているように思い、「これはいけるのでは・・・」と期待しておりました。

「とにかく音符を追いかけていただけ」の頃に比べ、かなりリズムもとれるようになってきたと思うのですが、本番では曲の頭から半拍ほど遅れたのが最後まで取り戻せず、でありました。残念。舞台に上がると緊張しますし、普段練習で聴いているカラオケも違って聴こえるでしょう。なによりカラオケはこちらの演奏にあわせてはくれませんからね。(前回この曲を演奏したときは生オケで、言うまでもなくバックのミュージシャンが母の演奏にまさに寄り添って下さってくださったからこそ・・・だったわけです。

でも遅れが一定だったということは、本人の中では拍子は取れていたと思うのです。本番で失敗して恥ずかしい思いをしようとも、その「進歩」はとてつもなく大きいはず。

あと一息やで、おかあちゃん!

また次に向けて頑張ってほしいものです。

ところで、いつも母の発表会のときには舞台衣装のスタイリストを買って出ております。
意外に思われるかもしれませんが、私自身はどちらかというとそういう「ハレ」の場に着飾ること(というかハレの場そのもの)がとても苦手でして、成人式も出席しませんでしたし、いわゆるウエディングドレスも着たことがないのです(複数回機会があったのに?って?はい、大きなお世話でございます。)。歌を歌うようになってからも「へたくそな歌歌うのにカッコだけキメってもなあ。寧ろそれはかっこ悪いのでは・・・」という思いがあったのですが、あるとき、そのころ大好きな詩人だった伊藤比呂美さんのエッセイで「そういう場で正装することは周囲への意思表明。”この場を大切に思っていますよ、真剣に考えていますよ”というメッセージ」ということを言っておられるのを読んで、とても納得したのです。
伊藤比呂美さんといえば、生や性、死を「剥き出し」といっていいほど生々しく詩に表現し、ヌード写真集を出したり、私生活でも「奔放」というイメージがあるからこそ、かえって説得力を感じました。

発表会の衣装にはもう一つとても大切な思い出があります。4歳ぐらいからピアノを習っていたので発表会にも何度も出演したのです。そのわりにちっともピアノ弾けない、という話は置いておいて・・・。

関西に引っ越してきてすぐ逆瀬川にあった「宝塚音楽学院」というたいそうな(失礼・・・)ネーミングの音楽教室に通うようになり、発表会に出ることになりました。いろんな楽器や声楽なども教えている総合音楽教室だったので、発表会も市民会館の大きなホールで、ということでした。そこで母と発表会で着る服を買いに近所のニチイへ出かけました。諸事情ありまして、そのころ我が家は決して贅沢のできる状況ではありませんでした。売り場には素敵なワンピースを着たマネキン人形が立っていました。上品なベージュのウール生地で胸元や襟にレースがあしらってあります。色が地味だったし、生地の良し悪しなんて子供のわたしにはわからなかったので特にそれをねだった記憶はありません。むしろ母がそのワンピースを気に入ったようでした。スーパーに売っている服とは思えない結構なお値段だったのです。もっとお手頃な他の服をあれこれ試着し、行ったり来たり。ずいぶん長いこと売り場にいました。結局「また今度にしようか・・・」と売り場を離れたのですが、突然母が意を決したように「やっぱりあれにしよう!」と言って踵をかえして売り場へ戻り・・・。

少し無理をしてでも娘の晴れ舞台に着せてやりたい・・・という親心。そんな思いに気が付いたのはもっとずっと後になってからです。その時舞台で弾いた「荒野のバラ(ランゲ)」はとてもその期待に応え得るような演奏ではありませんでしたが、ほんとうにいい思い出です。ワンピースは何処へ着ていっても好評でした。母の衣装を考えるたび、あのワンピースを思い出すのです。

今回の衣装はちょっと地味でしたね。でも橋をモチーフにした織模様が母らしいと思い選びました。

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これがその時のワンピース。

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これは母の実家のある岐阜にて。兄と2名の従弟と一緒に。

 
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投稿者: : 2019/03/21 投稿先 あれやこれや

 

頂いたご縁

しばらく綴らないあいだにいろんなことがありました。

昨日まで叔母の葬儀のために鹿児島に行っておりました。遠い昔、中学1年生の時に西鹿児島駅前で喫茶店をしていた祖母のところに2週間足らずの間滞在したのですが、叔母はほぼ毎日お店の手伝いに来ており、お店が空いているときに随分いろんな話をしました。特に印象に残っているのは、そのころ好きだったフォークソングの歌詞についての話。小説を書いていた叔母の深く鋭い洞察に大いに影響を受けました。少しずつおとなになっていく多感で混沌とした時期。そのころ漠然と文章を書く仕事に憧れていたわたしにとっては本当に貴重な時間でした。

その後はあまりゆっくり話す機会のないままになってしまいましたが、叔母は平成2年に小説『下関花嫁』で第18回南日本文学賞を受賞、特攻隊兵士たちから母と慕われた女性・鳥浜トメの物語や、数々のエッセイを書きつつ、鹿児島の地で後進を育てました。

いつでも明るく、前向き。私の中では「自分の不幸は笑いとばし、他人の不幸には黙って寄り添う」そんな人だったと思っています。晩年認知症の祖母を最期まで看取ったのも叔母でした。直接言うことができませんでしたが、そんな叔母を心から尊敬していました。

「叔母さんありがとう。安らかに。」
そう言ってお別れしました。
合掌。

 

 

 
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投稿者: : 2019/03/16 投稿先 あれやこれや

 

釣千賀子さんのニューアルバム

スティールパン奏者の釣 千賀子(つり ちかこ)さん、以前La Fiestaのゲストとして定期的にご一緒させていただいていました(釣さ~ん、また機会があればご一緒したいで~す)。この度、新しいアルバムをリリースされました。

めっちゃおしゃれ。ボサノバや昭和歌謡、オリジナル・・選曲も素晴らしいです。聴けば気分はカリブ海。(いや、カリブ海行ったことないけど)最後の曲ではなんと!!釣さんのボーカルも聴くことができます。
制作されている間に、収録曲の「Doralice」の歌詞についてメールでご質問を受けまして、本当に些細なことだったのですが、Special Thanks 欄に名前を書いていただいて、感激しています。

安次嶺悟さんのピアノ、岩田晶さんのベース、森本優子さんのフルートもご機嫌。安次嶺さんは、今年からK’zでもピアノを弾いてくださっていて、もう、それはそれは空から降ってくるような素敵なピアノなんです。
皆さん是非聴いて見てくださいね。

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釣さんのwebサイトはこちら
http://www.chikako-tsuri.com/index.html

 
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投稿者: : 2019/02/11 投稿先 あれやこれや

 

基本に立ち返るという当たり前のこと

武田梵声先生のレッスン受けに行ってきました。フースラーメソードという発声指導法の第一人者です。
その昔、「好き勝手に歌うカラオケ」から一歩進みたくて門を叩いた岡田恵子先生も(おそらくですが)このメソードを取り入れていたと思います。岡田先生の初めてのレッスンの思いではこちらにも綴りました。
https://luckynobee.com/2006/03/18/%E6%AD%8C%E6%89%8B%E3%81%9F%E3%81%A1/

フースラーの「Singen うたうこと」もだいぶ昔に読みましたが、かなり専門的な内容で、難しいのです。それに「声の出し方」ってどうしても文字では説明できないですよね。「模倣」するにも聴かないことにはわかりません。
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今回新幹線に乗ってまで武田先生に教えを乞いたい、と思ったのは長年克服できずにいるある発声の問題を乗り越える方法を教えて頂けるのでは、との思いからでした。

レッスンを受けてわかったこと。「細かなテクニック上の問題だけに注力して訓練しても意味はない、というか土台の「声」が出来ていないとそれは無理。」という当たり前のことでした。
声を出すときに働く筋肉がいろんな方向に可動し、自由に動くこと。まずこれがあってからのその先。もう当たり前すぎて恥ずかしいです。

なんだかぐるりと回ってスタート地点に戻ってきたような気がします。といっても、これはぐるりと回っている時間が無駄だったということではなく、多分(願わくは)螺旋階段のように、既に見た風景が何度も、でも少しずつ角度が変わって見えつつ高度を稼ぐ、という感じでしょうか。

それにしても、武田先生の声は、尋常ではないです。声量といい、豊かに変化する度合といい、もうとにかく「凄い」の一言。窓ガラスがよく割れないものだ・・・と思うほど。(多分ガラスに向かって声出したら本当に割れるのではないかしら)
解説もとてもわかりやすかったですし、わたしが思い込んでいたフースラーメソードと言えば「7つのアンザッツ」=「声を当てる場所」との理解は違っていて、「声の当て方」があくまでもイメージで、「方法」ではない、というお話など、フースラーがSingenを書いてからもう50年以上は経つわけで、進化、というか修正が常に加わっているの、というところにも納得することばかりでした。

「課題克服!」は少し脇へおいておいて、昨日教えていただいた訓練に、真剣に取り組みたいと思います。

 
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投稿者: : 2018/12/23 投稿先 あれやこれや, 音楽

 

簪コレクション

必殺シリーズに「飾り職人の秀(かざりしょくにんのひで)」っていましたねー。三田村邦彦さんが演じていましたっけ。

まあ、今回はどうでもよい話題です。肌がカブレやすいこともあって、髪の毛が顔や首にかかるのがとっても嫌なのです。その昔バブルのころは流行りの「ソバージュ」なんかにして垂らしていたこともあるのですが、その後お猿さんのようなベリーショートにしたときその快適さ(清潔ですよねー)に感動したものですが、本当に「お猿さん」みたいだし、それよりもショートヘアーってロングよりももっと頻繁に美容院に行ってちゃんと整えないと悲惨なことになっちゃう。
そんなこんなで、現在はほぼ毎日セミロングの髪をくるくるっと結い上げてかんざしを挿しております。なので、アクセサリー屋さんにいっても、骨董品屋さんにいってもかんざしが気になります。プレゼントしていただいたものなども含めると結構なコレクションになりました。

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左から4番目のバチ型のもの、その左のオレンジ色のものは骨董市で見つけたもの。でもこれらはきっちり結ったあとの髪に挿すもの(飾りとして)なので、あまり出番はありません。基本的にはかんざし1本で留まる軸のしっかりした玉かんざしを使うことが多いです(真ん中あたりの黒、オレンジ、白、青)。右端は動物の骨でできています。とっても気に入っていたのですが、皮の紐がさすがに汚れてきてしまいました。

このあいだ河原町で見つけたかんざしやさんは、伝統的なものからとってもモダンなものまでたくさんの種類があったので、また覗いてみようと思います。

 
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投稿者: : 2018/07/14 投稿先 あれやこれや

 

だただた「喜び」のために

手前味噌失礼いたします。

Cheersライブの翌日は、母のクロマチックハーモニカの発表会に出かけました。神戸の福寿の蔵元、酒心館です。初めて石屋川の駅で降りました。川沿いを海に向かって降りて行きましたが、落ち着いていてよい街並みですね。行く道々で紫陽花が美しい花を咲かせていました。柘榴の木もはっとするような鮮やかな朱色の花を咲かせていましたね。

さて、ハーモニカを始めて8年ほど(多分)、今回母が演奏したのは「誰もいない海」でした。

初心者のころ「コンドルは飛んでいく」や「ひまわり」など、難曲に挑んでは撃沈していった母でございました。ええ、初心者ほど無理な曲を選びがち、それはよーくわかります。師匠のボーカル教室でもいきなり難曲を歌いたがる人は多かったし、斯くいうわたくし自身、そうやって撃沈を繰り返した恥ずかしい思い出は数知れず・・・。

でも、実力顧みずに「これを奏でたい」っていう気持ちはとっても大事だと思っていて、そうやって果敢に(それは初心者にしかない「知らない」という最大にして最も危険な武器があるからこそ、できることですね。)恥をかいたり落ち込んだりすることは決して無駄にはならない、と断言したい。

今回は、頑張ったら(完璧でなくても)なんとかなるかも・・・という曲を選んだようです。(しかも少し難しいところを端折ってもらったらしいのですが、聴衆にはそんなことわかりませんものね)そういう曲を選べるようになった、ということ自体が物凄い進歩だと思いませんか。

そして、今回、この8年の中で最も(いや初めて、といってもいいかも)、母のハーモニカを聴いて「ああ。。。。歌っている」と感じることができました。
以前なら、カラオケのバッキングからずれていっても頑なに(というかずれていることに気付かず)「ずれたまま」を押し通していた母でしたが、今回は、「あれ?」と思ったところがあってもちゃんと戻ってきていました。

音が間違ったって、速い部分が上手く吹けなくてゆっくりになったって、そんなこと、大したことじゃない。
ちゃんと「今はもう秋、だれもいない海」と歌がおしまいまで流れていました。これって、もう本人が意識しているかどうかはわからないのですが、ヘレン・ケラーが「ウォーター!!」叫ぶ瞬間のように、根源的な進歩だと思うのです。もちろんそれは少しづつ、少しづつ、意識の下で理解が進んでいったものですよね。

そう思うと、なんだか胸がいっぱいになって泣きそうになりました。

継続は力。

その力で得るのは「喜び」。それだけ。
音楽って、「楽しい」以外に理由はいらないと思います。
上手くなりたいのも「もっと楽しくなりたい」からであって、優越感持ちたいとか、ほめられたいとか、有名になりたいとか、お金儲けしたいとか・・・じゃない。

「喜び」は一銭にもならないし、他人に自慢もできないけれど、その「喜び」を得る素晴らしさは何物にも代えがたい・・・心からそう思います。

母には、是非、昔撃沈した曲にも、もう一度挑戦してほしいと思います。
必ず前とは違っているはず。

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毎回ステージ衣装のスタイリストを務めるのもわたしのお楽しみになっています。今回はブルーのトップスとふんわりしたスカートのような麻のパンツ、ばっちり決まっていたよ。(ま、手前味噌に自画自賛まで・・・)
これからも頑張れ!お母ちゃん!

 
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投稿者: : 2018/06/20 投稿先 あれやこれや