RSS

カテゴリー別アーカイブ: あれやこれや

釣千賀子さんのニューアルバム

スティールパン奏者の釣 千賀子(つり ちかこ)さん、以前La Fiestaのゲストとして定期的にご一緒させていただいていました(釣さ~ん、また機会があればご一緒したいで~す)。この度、新しいアルバムをリリースされました。

めっちゃおしゃれ。ボサノバや昭和歌謡、オリジナル・・選曲も素晴らしいです。聴けば気分はカリブ海。(いや、カリブ海行ったことないけど)最後の曲ではなんと!!釣さんのボーカルも聴くことができます。
制作されている間に、収録曲の「Doralice」の歌詞についてメールでご質問を受けまして、本当に些細なことだったのですが、Special Thanks 欄に名前を書いていただいて、感激しています。

安次嶺悟さんのピアノ、岩田晶さんのベース、森本優子さんのフルートもご機嫌。安次嶺さんは、今年からK’zでもピアノを弾いてくださっていて、もう、それはそれは空から降ってくるような素敵なピアノなんです。
皆さん是非聴いて見てくださいね。

IMG

釣さんのwebサイトはこちら
http://www.chikako-tsuri.com/index.html

 
コメントする

投稿者: : 2019/02/11 投稿先 あれやこれや

 

基本に立ち返るという当たり前のこと

武田梵声先生のレッスン受けに行ってきました。フースラーメソードという発声指導法の第一人者です。
その昔、「好き勝手に歌うカラオケ」から一歩進みたくて門を叩いた岡田恵子先生も(おそらくですが)このメソードを取り入れていたと思います。岡田先生の初めてのレッスンの思いではこちらにも綴りました。
https://luckynobee.com/2006/03/18/%E6%AD%8C%E6%89%8B%E3%81%9F%E3%81%A1/

フースラーの「Singen うたうこと」もだいぶ昔に読みましたが、かなり専門的な内容で、難しいのです。それに「声の出し方」ってどうしても文字では説明できないですよね。「模倣」するにも聴かないことにはわかりません。
thumbnail_DSC_0236

今回新幹線に乗ってまで武田先生に教えを乞いたい、と思ったのは長年克服できずにいるある発声の問題を乗り越える方法を教えて頂けるのでは、との思いからでした。

レッスンを受けてわかったこと。「細かなテクニック上の問題だけに注力して訓練しても意味はない、というか土台の「声」が出来ていないとそれは無理。」という当たり前のことでした。
声を出すときに働く筋肉がいろんな方向に可動し、自由に動くこと。まずこれがあってからのその先。もう当たり前すぎて恥ずかしいです。

なんだかぐるりと回ってスタート地点に戻ってきたような気がします。といっても、これはぐるりと回っている時間が無駄だったということではなく、多分(願わくは)螺旋階段のように、既に見た風景が何度も、でも少しずつ角度が変わって見えつつ高度を稼ぐ、という感じでしょうか。

それにしても、武田先生の声は、尋常ではないです。声量といい、豊かに変化する度合といい、もうとにかく「凄い」の一言。窓ガラスがよく割れないものだ・・・と思うほど。(多分ガラスに向かって声出したら本当に割れるのではないかしら)
解説もとてもわかりやすかったですし、わたしが思い込んでいたフースラーメソードと言えば「7つのアンザッツ」=「声を当てる場所」との理解は違っていて、「声の当て方」があくまでもイメージで、「方法」ではない、というお話など、フースラーがSingenを書いてからもう50年以上は経つわけで、進化、というか修正が常に加わっているの、というところにも納得することばかりでした。

「課題克服!」は少し脇へおいておいて、昨日教えていただいた訓練に、真剣に取り組みたいと思います。

 
コメントする

投稿者: : 2018/12/23 投稿先 あれやこれや, 音楽

 

簪コレクション

必殺シリーズに「飾り職人の秀(かざりしょくにんのひで)」っていましたねー。三田村邦彦さんが演じていましたっけ。

まあ、今回はどうでもよい話題です。肌がカブレやすいこともあって、髪の毛が顔や首にかかるのがとっても嫌なのです。その昔バブルのころは流行りの「ソバージュ」なんかにして垂らしていたこともあるのですが、その後お猿さんのようなベリーショートにしたときその快適さ(清潔ですよねー)に感動したものですが、本当に「お猿さん」みたいだし、それよりもショートヘアーってロングよりももっと頻繁に美容院に行ってちゃんと整えないと悲惨なことになっちゃう。
そんなこんなで、現在はほぼ毎日セミロングの髪をくるくるっと結い上げてかんざしを挿しております。なので、アクセサリー屋さんにいっても、骨董品屋さんにいってもかんざしが気になります。プレゼントしていただいたものなども含めると結構なコレクションになりました。

thumbnail_DSC_0014

左から4番目のバチ型のもの、その左のオレンジ色のものは骨董市で見つけたもの。でもこれらはきっちり結ったあとの髪に挿すもの(飾りとして)なので、あまり出番はありません。基本的にはかんざし1本で留まる軸のしっかりした玉かんざしを使うことが多いです(真ん中あたりの黒、オレンジ、白、青)。右端は動物の骨でできています。とっても気に入っていたのですが、皮の紐がさすがに汚れてきてしまいました。

このあいだ河原町で見つけたかんざしやさんは、伝統的なものからとってもモダンなものまでたくさんの種類があったので、また覗いてみようと思います。

 
コメントする

投稿者: : 2018/07/14 投稿先 あれやこれや

 

だただた「喜び」のために

手前味噌失礼いたします。

Cheersライブの翌日は、母のクロマチックハーモニカの発表会に出かけました。神戸の福寿の蔵元、酒心館です。初めて石屋川の駅で降りました。川沿いを海に向かって降りて行きましたが、落ち着いていてよい街並みですね。行く道々で紫陽花が美しい花を咲かせていました。柘榴の木もはっとするような鮮やかな朱色の花を咲かせていましたね。

さて、ハーモニカを始めて8年ほど(多分)、今回母が演奏したのは「誰もいない海」でした。

初心者のころ「コンドルは飛んでいく」や「ひまわり」など、難曲に挑んでは撃沈していった母でございました。ええ、初心者ほど無理な曲を選びがち、それはよーくわかります。師匠のボーカル教室でもいきなり難曲を歌いたがる人は多かったし、斯くいうわたくし自身、そうやって撃沈を繰り返した恥ずかしい思い出は数知れず・・・。

でも、実力顧みずに「これを奏でたい」っていう気持ちはとっても大事だと思っていて、そうやって果敢に(それは初心者にしかない「知らない」という最大にして最も危険な武器があるからこそ、できることですね。)恥をかいたり落ち込んだりすることは決して無駄にはならない、と断言したい。

今回は、頑張ったら(完璧でなくても)なんとかなるかも・・・という曲を選んだようです。(しかも少し難しいところを端折ってもらったらしいのですが、聴衆にはそんなことわかりませんものね)そういう曲を選べるようになった、ということ自体が物凄い進歩だと思いませんか。

そして、今回、この8年の中で最も(いや初めて、といってもいいかも)、母のハーモニカを聴いて「ああ。。。。歌っている」と感じることができました。
以前なら、カラオケのバッキングからずれていっても頑なに(というかずれていることに気付かず)「ずれたまま」を押し通していた母でしたが、今回は、「あれ?」と思ったところがあってもちゃんと戻ってきていました。

音が間違ったって、速い部分が上手く吹けなくてゆっくりになったって、そんなこと、大したことじゃない。
ちゃんと「今はもう秋、だれもいない海」と歌がおしまいまで流れていました。これって、もう本人が意識しているかどうかはわからないのですが、ヘレン・ケラーが「ウォーター!!」叫ぶ瞬間のように、根源的な進歩だと思うのです。もちろんそれは少しづつ、少しづつ、意識の下で理解が進んでいったものですよね。

そう思うと、なんだか胸がいっぱいになって泣きそうになりました。

継続は力。

その力で得るのは「喜び」。それだけ。
音楽って、「楽しい」以外に理由はいらないと思います。
上手くなりたいのも「もっと楽しくなりたい」からであって、優越感持ちたいとか、ほめられたいとか、有名になりたいとか、お金儲けしたいとか・・・じゃない。

「喜び」は一銭にもならないし、他人に自慢もできないけれど、その「喜び」を得る素晴らしさは何物にも代えがたい・・・心からそう思います。

母には、是非、昔撃沈した曲にも、もう一度挑戦してほしいと思います。
必ず前とは違っているはず。

IMG_1819
毎回ステージ衣装のスタイリストを務めるのもわたしのお楽しみになっています。今回はブルーのトップスとふんわりしたスカートのような麻のパンツ、ばっちり決まっていたよ。(ま、手前味噌に自画自賛まで・・・)
これからも頑張れ!お母ちゃん!

 
コメントする

投稿者: : 2018/06/20 投稿先 あれやこれや

 

準備にかこつけて・・

Cheersさんに、来月16日のライブの機材確認と、写真撮影の打ち合わせに伺い、美味しいワインを頂いてきました。ローストビーフも絶品でございました。
今回、ライブと一緒にフォトギャラリーを開催する小笠原さんが、当日写真を撮ってくださることになったのです。で、光のあたり具合とか、全体の明るさとか(わかったように綴っておりますが受け売りでございます)事前にチェックしたほうがよい、とのことでカメラテスト(うーん、なんかかっこいい響きだ)して頂きました。

11451224_2286545423_182large

マスターのDavidと、写っていませんが今回もライブを企画してくれた同級生と、ライブ中の明かりについて話をしています。

11451224_2286545444_252large

いやー、いい感じではないですか?(自画自賛)。このままフライヤーに使いたいぐらい。(服装がイケてないけど)
やっぱりその道に専心している方は違いますよね。

当日どんな写真を撮ってくださるか、とっても楽しみです。
ライブは6月16日(土)20;30スタートです。ボサノバ&サンバをたっぷりお楽しみいただけます。

 
コメントする

投稿者: : 2018/05/26 投稿先 あれやこれや

 

しあんくれーるの思い出

長くなると思いますし、音楽とあまり関係ないので、タイトルで興味惹かれなかった方はどうぞ読み飛ばしてくださいね。

先月1週間ほど入院していたのですが、同級生がお見舞いに・・・と1975年のスイング・ジャーナルを持って来てくれたのです。

11451224_2281845240_167large_thumb

1975年特別号。ジャズピアニスト特集です。で、ぱらぱらとめくって眺めていたところ、広告欄に懐かしい店が・・・。

DZQ3gAzU0AAIYVX_thumb1

もう建物も残っていないそうですが、1956年からあったジャズ喫茶の草分け的なお店だったそうです。一度だけ行ったきりなのですが、わたしにとっては、ほろ苦い青春の思い出の店なのです。

あれは中学三年生の頃、無駄に多感だったわたくし、夏休み前になると書店からもらって来ていた「新潮文庫の100冊」という小冊子で見た高野悦子さんの「二十歳の原点」のタイトルに惹かれ、読んで衝撃を受けました。

どう衝撃を受けたか・・・ということは思い出そうとすると、あまりの青臭さに赤面してしまうばかり。とても今ここに記す勇気はありません。
本当に本当に失礼な言いかたなのですが、年齢を重ねて今読み返すと「自殺なんてしないで逃げ出すなり、なんとかやり過ごすことはできなかったものなのか。そうしたらきっと楽しいことが沢山待っていただろうに」と思ってしまうのですが、何度も言いますが「無駄に」多感だったその頃の自分にとっては、 「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。」で始まる、自死してしまった現役の大学生が日々の悩みを赤裸々に綴った日記に、もう、なんというか絶望やら憧れやら恐怖やら、受け止めきれない感情を呼び起こされたものでした。

で、その高野さんの日記の中に「しぁんくれーる」で音楽を聴きながらコーヒーを飲むシーンが何度も出てきまして、ちょうどジャズを聴き始めたころとも重なっていたので、「いつか行ってみたい」と思っていました。

今では仕事が終わってから京都へ移動、日帰りライブで終電帰宅・・もしょっちゅうの生活ですが、そのころ「京都」というのは、「遠足で行く場所」。めったなことでは、しかも一人で行く、なんて考えられなかったのです。本では正確な場所もわかりませんでしたし。

高校生になって「ピア」たっだか「エルマガ」だったかを見ていたときに上の写真の広告を見つけた時に初めて住所がわかり「これは行かねば!」となったわけです。

秋だったと思います。学園祭のシーズンで確かたまたま通りかかった京都府立医大の学園祭のほんの入り口に恐々入ってみたり、御所の周りを散策したりしながら、お店を探しました。

見つけた「しぁんくれーる」、1階はクラシック喫茶、2階がジャズ喫茶でした。ドキドキしながら2階の席に座ってコーヒーを飲みました。「高野さん、やっと来ました」という思いと、一人で喫茶店、しかもジャズ喫茶というシチューエーションに、すっかり大人になったような気分になんだか誇らしげな幼いわたくしでございました。

ただ(ただ・・と否定する必要もないのですが)、大きなスピーカーから流れていたアルバムがマリーンさんの「サマーナイト」だったんですよねー。マリーンさんは大好きではあったのですが、「サマーナイト」はラジオで何度も聴いていましたし(売れに売れていましたから)、ジャズ喫茶というからにはもっと「ジャズジャズしい」音楽が流れているものと思っていたものですから、少々拍子抜けしたのは確かです。気分としては「Left Alone」なんかがぴったりだったかなあ・・・。(勝手な客)

あ、でもわたくし、ソロでお店でお酒飲んだり食べたりするの平気な方なのですが(平気、というかわりと好き)この時がデビューだったのかもしれません。

そして時は流れ・・・・・。そうですね、10年以上は経っていたでしょうか、京都に行く機会がありまして、「もう一度しあんくれーるに!」と心に決めていたのですが、もう住所がわからなくなっていて、記憶を頼りに探し回りました。けれど覚えているはずの場所に行ってもありません。諦めきれなくて交番で尋ねてみたのですが、やっぱりわからず。

今回、この広告を見てやっとわかりました。わたし、うろ覚えで、御所の西側の通りをずっと探していたのですが、東側だったのですね。府立医大病院の近くだったのだからそこを探すべきでした。

こんな感覚、インターネットがある今の若い方には考えられないことでしょう。スマホでちょとググれば店の場所も、他の情報も簡単に手に入りますものね。

雑誌をプレゼントしてくれた友人はもちろんこんな思い出を知っていたわけではありません。けれど、遠い青春時代を懐かしく思い起こすことができる程度に時間を重ねてきたこと、それが如何に幸運なことか、ということを教えてくれた素敵なプレゼントでした。

 
 

恒例行事に参加できること

師匠とピアニストの誕生日が近いことから、毎年K’zでは2月11日ごろにBirthday Party (という名の宴会)が恒例になっているのです。今年は諸事情で1か月遅れでの開催となりました。

主賓も含めて総勢16名、遠くカナダからライン会話でのご参加もいただき、賑やかな持ち寄りパーティとなりました。K’zのお仲間には小料理屋さんを営んでいるプロもいますし、みなさん料理上手ばかり。あまり腕に自信のないうちのはワインなどを持参することが多いのですが、たまたま土曜日もオフだったので、の南蛮漬けと、ジャーマンポテト風サラダと牡蠣のオイル漬けを持参したところ、牡蠣のオイル漬け(これがいちばん手間なしなのですが)がことのほか好評で、嬉しかったです。

それぞれに持ち寄った美味しいお料理に舌鼓を打ちながら、同じメンバーでこうやって集まって楽しくお酒が飲めることのありがたさをひしひしと感じておりました。

師匠、星野さん、そしてK’z関係者の皆様、これからも宜しくお願い致します。

29027959_2037662593116193_2842760053457420288_n

シャンパン!

29066230_2037661883116264_5096160365230686208_n