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一歩一歩。発表会の思い出

21 3月

先日3月10日は、母のハーモニカの発表会でした。今回母が演奏したのは「ゴッドファーザー愛のテーマ」。前にも発表会で演奏した曲ですが、なかなか休符の感覚がつかめずにいる母に、難しい新曲に挑戦するのもよいけれど前に演奏して「もう一歩」だった好きな曲の「テーマ」をまずきっちり吹けることを目指しては?とアドバイスしていたのでした。

https://luckynobee.com/2016/12/06/%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E8%A1%97%E3%81%A8%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%A8/

この曲は、2泊と半分が休符(もしくは前の小節からタイが続いている)+8分音符3つというパターンが何度も何度も繰り返される曲です。

手書き風

曲の最初からこれですので、このリズムがキモになりますね。実家に帰った時にメトロノームを鳴らしながら一緒に練習したときには、かなり感覚がつかめているように思い、「これはいけるのでは・・・」と期待しておりました。

「とにかく音符を追いかけていただけ」の頃に比べ、かなりリズムもとれるようになってきたと思うのですが、本番では曲の頭から半拍ほど遅れたのが最後まで取り戻せず、でありました。残念。舞台に上がると緊張しますし、普段練習で聴いているカラオケも違って聴こえるでしょう。なによりカラオケはこちらの演奏にあわせてはくれませんからね。(前回この曲を演奏したときは生オケで、言うまでもなくバックのミュージシャンが母の演奏にまさに寄り添って下さってくださったからこそ・・・だったわけです。

でも遅れが一定だったということは、本人の中では拍子は取れていたと思うのです。本番で失敗して恥ずかしい思いをしようとも、その「進歩」はとてつもなく大きいはず。

あと一息やで、おかあちゃん!

また次に向けて頑張ってほしいものです。

ところで、いつも母の発表会のときには舞台衣装のスタイリストを買って出ております。
意外に思われるかもしれませんが、私自身はどちらかというとそういう「ハレ」の場に着飾ること(というかハレの場そのもの)がとても苦手でして、成人式も出席しませんでしたし、いわゆるウエディングドレスも着たことがないのです(複数回機会があったのに?って?はい、大きなお世話でございます。)。歌を歌うようになってからも「へたくそな歌歌うのにカッコだけキメってもなあ。寧ろそれはかっこ悪いのでは・・・」という思いがあったのですが、あるとき、そのころ大好きな詩人だった伊藤比呂美さんのエッセイで「そういう場で正装することは周囲への意思表明。”この場を大切に思っていますよ、真剣に考えていますよ”というメッセージ」ということを言っておられるのを読んで、とても納得したのです。
伊藤比呂美さんといえば、生や性、死を「剥き出し」といっていいほど生々しく詩に表現し、ヌード写真集を出したり、私生活でも「奔放」というイメージがあるからこそ、かえって説得力を感じました。

発表会の衣装にはもう一つとても大切な思い出があります。4歳ぐらいからピアノを習っていたので発表会にも何度も出演したのです。そのわりにちっともピアノ弾けない、という話は置いておいて・・・。

関西に引っ越してきてすぐ逆瀬川にあった「宝塚音楽学院」というたいそうな(失礼・・・)ネーミングの音楽教室に通うようになり、発表会に出ることになりました。いろんな楽器や声楽なども教えている総合音楽教室だったので、発表会も市民会館の大きなホールで、ということでした。そこで母と発表会で着る服を買いに近所のニチイへ出かけました。諸事情ありまして、そのころ我が家は決して贅沢のできる状況ではありませんでした。売り場には素敵なワンピースを着たマネキン人形が立っていました。上品なベージュのウール生地で胸元や襟にレースがあしらってあります。色が地味だったし、生地の良し悪しなんて子供のわたしにはわからなかったので特にそれをねだった記憶はありません。むしろ母がそのワンピースを気に入ったようでした。スーパーに売っている服とは思えない結構なお値段だったのです。もっとお手頃な他の服をあれこれ試着し、行ったり来たり。ずいぶん長いこと売り場にいました。結局「また今度にしようか・・・」と売り場を離れたのですが、突然母が意を決したように「やっぱりあれにしよう!」と言って踵をかえして売り場へ戻り・・・。

少し無理をしてでも娘の晴れ舞台に着せてやりたい・・・という親心。そんな思いに気が付いたのはもっとずっと後になってからです。その時舞台で弾いた「荒野のバラ(ランゲ)」はとてもその期待に応え得るような演奏ではありませんでしたが、ほんとうにいい思い出です。ワンピースは何処へ着ていっても好評でした。母の衣装を考えるたび、あのワンピースを思い出すのです。

今回の衣装はちょっと地味でしたね。でも橋をモチーフにした織模様が母らしいと思い選びました。

IMG

これがその時のワンピース。

IMG_0001

これは母の実家のある岐阜にて。兄と2名の従弟と一緒に。

 
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投稿者: : 2019/03/21 投稿先 あれやこれや

 

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