Uncle Jamでの、「Carlos Ortega 情熱のラテン・タンゴ 癒しのボサノヴァ」に来てくださった皆さま、ありがとうございました。ゲストとして4曲唄わせてていただきました。
何度も一緒に演奏している「Chan chan」、今回 Carlosのアレンジで、「2コーラス目はソン・モントゥーノのリズムにする」、と言われたものの、リハのときには、まったくそのリズムがつかめず、迷子になっていて、どうなることかと不安でしたが、本番は何とか乗ることができ、ほっといたしました。
1月のとある日のことでございます。キッチンの改装を夢見るうちのは、ネットでリフォームについて検索しておりました。と、目に飛び込んできたご近所さんのあるお宅のリフォームの例、そして担当したデザイナーさんの名前・・・・あれ?この名前・・・・・。
小学校、中学校と一緒に過ごした同級生の名前と同じだったのです。写真も載っていたのですが、うーん、彼女かどうか自信なし。
調べてみると、自ら建築設計の事務所を構えていて、ブログもありました。プロフィールを読ませてもらっていて、「きっと彼女にちがいない」と思い、思い切ってメールをしてみたら・・・
ビンゴ!
同級生だったんですよー。こんなことあるのですねー。
で、昨日のライブに、彼女が来てくれたのです。予告無し。
本当にうれしい驚きでした。
わたしは、頑張り屋さんで、誠実な彼女が大好きでした。でも・・・
知っている人は知っていることですが、うちの、
とんでもなく嫌な子ども
だったんですよねー。いや、なんていうか、とても他人に対して攻撃的で、しかも理詰め(実は他人に厳しく自分に甘いダブルスタンダード、でも屁理屈だけは立派にこねる)で、人を言い負かして、じわじわといじめる・・・・。
えー、な、なんて ひどい!
そう思うでしょ?でもそういう子だったんです。
まあ、今も片鱗があったりするかもしれないんですけど、
思春期と呼ばれる(ああ、それも遠い昔だが)時期は、そういうことへの後悔が原点、みたいなところがあり・・・。
ですので、子ども時代の知り合いには、「ああ、めっちゃ嫌な思い出になっているんだろうな。」という恐れや、申し訳なさがあって、同窓会の類も怖くて行けない、といううちのだったのでした。
だから、彼女が来てくれたこと、そういう自分でも懐かしく思ってもらえたことは、もう、涙が出そうなぐらいうれしかったですね。
さらに、現在、うちののライブにしょっちゅう来てくれる唄仲間たちと、その彼女が親しく話をしてくれていたりすると、もう・・・・。
じわじわじわあっと、あたたかいものがこみ上げてきて、
師匠Carlosの「泣き」の入ったラテンも最高だし、
そのCarlosとハモってchan chanなんて唄った日には(A子さーん、次回は鍵盤ハーモニカでの絡みも頼みますよー!)・・・もう・・・ウルウルです。
ばちが当たるのではないかと思うぐらいの
幸せを感じるうちのでありました。
みなさん、本当にありがとうございます。
あかん、涙出てきた。
建築設計事務所を自ら営む同級生。
美しいものを追及する人は美しい。いや、見た目も本当に美しい女性になっておられました。ブログはこちら
http://ameblo.jp/mono-spirit/